プロテスタント・福音主義キリスト教会 日本ナザレン教団 阿倍野教会 礼拝メッセージ
2009年6月28日 聖日礼拝説教
               2009年6月28日聖日礼拝説教
             聖書箇所:第一ペテロ4章1節〜11節
               説教題:「神の道を歩む祝福」

 おはようございます。 ルーテルアワーというラジオ番組でラジオ牧師として活躍されておられた正木茂先生は「この日、この朝」という本に次のような文書を書いておられます。
「バーナード・ショーというイギリスの文豪は「人間というものは経験によって生きるものではなく、期待によって生きるものである」と語ったと言います。
誰であっても誰かから期待されているという事は、私たちに生きがいを与えます。
私たち信仰者に対して、いつも期待しておられる方がおられます。そのお方は神様です。
たとえ、私たちは自分が考えている人生が、うまくいかないように見えたとしても、
ローマ書8章28節に
8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
とありますように、神様が私たちにとって最善の道を備えてくださっているという事は幸いなことでしょうか。

  今朝も、私たちを愛し、私たちに期待しておられる神様から戴いた第一ペテロの手紙から皆様とごいっしょに神様からの語りかけを聞く時を持ちたいと思います。

 第一ペテロの手紙は使徒ペテロがポント、ガラテヤ、カパドキヤ、アジヤ、ビテニヤの各地に離散して仮住まいをしている人たちに対して書き送った手紙です。彼らは散らされた人々という事で離散の民という事でディアスポラと呼ばれていました。ペンテコステの出来事以降に救われた人々が、ユダヤ教の人々によって迫害された事により、ディアスポラとなって諸地方に散らされました。その結果、良き知らせとしての福音がいたるところで宣べ伝えられました。
 
 その当時、きびしい迫害に合い、試練の中にある人々に対してペテロが書き送った、この手紙は迫害を受けていた者たちに励ましを与えると共に主による希望を与えるものありました。
先ほど、第一ペテロの手紙4章1節から11節を読んで戴きました。

 今朝は4章全体を通して「神の道を歩む祝福」という説教題で、神様は信じる者たちに対して、どのような祝福を用意されているのか。また、私たちは日々の生活に中で、どのような思いをもって過ごす事を神様が求めておられるのかという事を今朝の聖書の御言葉を通して見て参りたいと思います。
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【2009/06/28 14:49】 | メッセージ | page top↑
2009年6月21日聖日礼拝説教
               2009年6月21日聖日礼拝説教
            聖書箇所:第1ペテロの手紙3章1節〜7節
              説教題:「心の中に隠れた人格」

 ごあいさつをしたいと思います。おはようございます。今朝は、第1ペテロの手紙3章1節から7節を通して「心の中に隠れた人格」という説教題で、私たち信仰者が日々、生活する中で、どのような生き方を神様が求めておられるのかという事をご一緒に見て参りたいと思います。

 今朝、読んで戴いた、ペテロ第一の手紙3章1節には、妻は自分の夫に従いなさいと記されており、文面を素直に読めば、結婚している男性にとっては、ここち良い御言葉かもしれません。しかし、女性の方々にとっては、なんと不条理に思えるような御言葉ではないかと思います。
創世記2章には、神様が天と地を創造された後、神様は初めの人、アダムさんを神の形に似せてつくられました。その後、神様は、「人がひとりではいるのは良くない。私は彼のために彼にふさわしい助け手を造ろう」と語られ、アダムが眠っている時、あばら骨の一つを抜き取られ、人を造られました。この事からアダムの助け人としてのエバは、頭の部分からでも人の足のつま先からでもなく、あばら骨の一部から造られたのは、女性が男性の上に立って男性を抑えつける存在ではなく、また、つま先のように女性が男性によって見下げられる存在でもないということを示し、あばら骨が位置するところは、心の存在する場所を表し、女性と男性とは対等的立場にある存在だという事が教えられています.
これらの事を踏まえて、今日の聖書箇所を読むならば、妻はどんなに理不尽な男性の夫であっても従わなければならない教えで、何となく釈然としないかもしれません。

 この聖書箇所を読む上で大切な事は、ペテロの手紙が書かれた時の時代背景を踏まえて読まなければ、誤解が生じるといえます。なぜなら、この手紙が書かれた時代は男性優位社会であったからです。

 福音書の中にイエス様が5つのパンと二匹の魚で5000人の人々のお腹を満たすといった奇跡を成された事が記されています。その箇所には、男だけで5000人であったとされています。その時、イエス様のお話を聞く為に集まっていたのは、男性だけではありませんでした。女性や子供たちもいたはずですが、女性や子供たちの人数は数えられていません。何故だろうと考えられるかも知れません。それは、当時、女性と子供たちの身分が社会的に低くみられていたからでした。
 
 
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【2009/06/22 23:02】 | メッセージ | page top↑
2009年6月14日 聖日礼拝説教
             2009年6月14日 聖日礼拝説教
         聖書箇所:第一ペテロの手紙2章11節から25節
         説教題:「神の御心に従う生き方」
 
 おはようございます。ペテロがペテロ第一の手紙2章9節において
「2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」と書き記し勧めているように、私たちは、主を知る前は、闇に中に存在している者たちでした。そんな私たちが驚くべき光の中に招かれたのは、私たちの全存在、全生涯を通して、神様の恵みを明らかにしていく使命があるということをペテロは書き記しています。

 今朝は第一ペテロの手紙2章11節から25節にかけて、「神の御心に従う生き方」と題して、私たちは神様の恵みを受けた者たちとして、この世にあって具体的に、どのように過ごし生きていくが求められているのだろうかという事について、皆様方とご一緒に考えて見たいと思います。
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【2009/06/17 12:30】 | メッセージ | page top↑
2009年5月31日聖日礼拝説教
            2009年5月31日 聖日礼拝説教
           聖書箇所:使徒の働き1章6節〜11節
             説教題:「聖霊の力を受けて」

 おはようございます。キリスト教会の3大祝日はクリスマスとイースターと聖霊降臨日であるペンテココステの日です。日本の一般社会において使用されているカレンダーを見ますと、今日の大切な記念日が記されていません。しかし、今日はキリスト教会にとっては最も大切な記念日です。それは最初の教会が誕生した日だからです。

 イエス様は死から復活された後40日にわたり、使徒たちの前にお姿を御見せになられ、数多くの証拠をもってお示しになり、神の国についてお話をされ、使徒たちと食事をされている時に、使徒の働き1章4節、5節に記されているお言葉を、弟子たちに語られました。
1:4 彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
 1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」

 イエス様はお弟子さんたちに、父の約束されたものを待ちなさい。しかもエルサレムにと
どまりなさいと語られましが、イエス様がお弟子さんたちにお話しされた父から約束され
たものとは一体、どのようなものだったのでしょうか。

 ヨハネによる福音書16:7を見ますと、イエス様は、16:7「 しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。」と語られたばかりか、
 ヨハネによる福音書14章16節で、14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。」とも語られました。

 この助け主なるお方こそ、聖霊様であり、イエス様がお弟子さんたちに語られた「わたしから聞いた、父の約束されたもの」といえます。
神様である父の約束は必ず果されます。私たち人間の約束は、時としてあいまいなところがありますが、父なる神様の約束された聖霊降臨の出来事はいったいどのように起こり、その出来事を通して、神様は私たち信仰者に何を教えようとされているのかを「聖霊の力を受けて」という説教題で皆さんとご一緒に考えていまいと思います。
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【2009/06/03 16:57】 | メッセージ | page top↑
2009年5月24日 聖日礼拝説教
            2009年5月24日 聖日礼拝説教
           聖書箇所:第一ペテロの手紙2章1節から10節
            説教題:「恵み深い主なる神」

 おはようございます。今日は野外礼拝の予定でしたが、新インフルエンザの流行の関係で、中止し、いつものように教会での礼拝を行う事となりました。終息宣言が一日も早く、出される事を願っています。

 今、私たちは第一ペテロの手紙を通して、神様からのお言葉をいただいています。
先週の召天者記念礼拝では、第一ペテロの手紙1章13節から25節から、「変る事のない主の言葉」と題してメッセージを語らせていただきました。
 
 ペテロの手紙は、1章1節に記されているようにアジアの各地に離散し、仮住まいをしながら生活している人々に宛てて送られた手紙であり、その人々は、ローマ帝国によって、迫害という試練の中にあり、これらの人々に対して、1章24節、25節において記されている
1:24 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。
1:25 しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。
とペテロはイザヤ書40章6節から8節の御言葉を引用し、どんなに強大な力を誇る国家であるローマ帝国であっても、やがては滅びる存在です。
 しかし、主の約束は変わることがなく、神様が約束された事はかならず成就する。だから、その事と同様に、現代に生きる私たち、主のみ救いを受けた私たちは失望することはないというメッセージが語られていますとお話致しました。

 私たちは信仰者たちは、ペテロが1章3節4節において、
1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。
1:4 また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。
というように私たちはイエス・キリストによって新たに生まれさせられた者たちであるばかりか、天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者であるとは何と幸いなことでしょうか。

 素晴らしい特権にあずかっている私達に対してペテロは、1章13節から15節において
1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
1:14 従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、
1:15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい。
というように、私達に対して聖なる者となるようにと勧めています。

 今朝は、2章1節〜10節にかけて、「恵み深い主なる神」という説教題で私たち信仰者は神様によって新たに生まれさせられたものであり、天には朽ちず、汚れず、しぼまない財産が蓄えられており、そのような財産を受け継ぐ者たちは、この世において、具体的にどのような生き方が求められているのか、皆さんとご一緒に聖書のみ言葉を通して見て参りたいと思います。
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【2009/05/26 00:23】 | メッセージ | page top↑
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