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2009年11月15日 聖日礼拝説教
聖書箇所:使徒の働き19章11節から20節 説教題:「神の言葉の力」 おはようございます。今朝も、皆様とご一緒に主を賛美し、共に主を礼拝できます事を感謝いたします。 今朝は18章後半から19章全体を通して、パウロがエペソにおいてなした働きと共に、エペソにおいて起こった様々な出来事を通して、エペソでの一連の出来事は、今日の私たちに対して、神様は何を語ろうとしておられるのかという事を18章後半から19章全体を通して、ご一緒に見てまいりたいと思います。 先週の礼拝においても、お話致しましたが、パウロはギリシャのコリントでの宣教の働きを終えた後、コリントを後にし、プリスキラとアクラも同行しシリア州へ旅立ちました。その途中、エペソに立ち寄り、他の同行者を残し、自分だけユダヤ人たちの会堂に行き、そこでユダヤ人たちと論じ合いました。その様な中で、人々はパウロに対してもう少しエペソに滞在して欲しいと願いましたが、パウロはその願いを断り、「神様の御心ならば、また、戻ってきます」と別れを告げエルサレム向け旅だったと言うことをお話いたしました。 パウロは自分自身の考えで行動するのではなく、いつも神様が導かれる事、優先していたと考えられます。 パウロはエペソを後にして、エルサレムに上り、その後、アンテオケに下っています。 |
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2009年11月8日 聖日礼拝説教
聖書箇所:使徒の働き18章18節〜23節 説教題:「生きた信仰」 おはようございます。先週、韓国の姉妹教会であるトゥンマル教会牧師の玄先生から教会創立60周年の記念礼拝でヨハネによる福音書の2章から13節〜22節にかけて、イエス様が宮きよめをなされた出来事を通して、大切なメッセージを戴きました。私たちは主に喜ばれる教会として、十年後の70周年を迎えるときには、質、量ともに更なる成長を目指して福音宣教に当たりたいと思います。 今朝も、皆さま方とご一緒に主の御言葉が記されている聖書を通して、神様からの語りかけを戴きたいと思います。 今朝の聖書箇所は使徒の働きの18章18節〜23節から生きた信仰と題して、使徒パウロがアテネでの伝道を終えて、コリントおいて福音宣教に当たった時、パウロは恐れを持っていました。私たちも、それぞれに異なった生活をする上で、恐ろしいと思えるような状況におかれる事もあるかもしれませんし、社会情勢に不安を覚える事もあるかもしれません。そのような時、私たち、信仰者はどのようなスタンスを取って歩む事が求められているのか、使徒パウロはどのように行動したのかといった事などを考えながら、皆様方とご一緒に今朝の聖書箇所を見て参りたいと思います。 |
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2009年10月25日 聖日礼拝説教
聖書箇所:使徒の働き17章22節〜34節 説教題:「知られざる神」 おはようございます。今朝は使徒の働き17章22節〜29節から「知られざる神」という説教題で、使徒パウロがアテネで述べ伝えた「知られざる神」をどのようにアテネの人々に語り伝えたのか、そして、その結果どのようなことになったのかと言う事と、今日、イエス様を信じる私たちはどの様な信仰者として過すことが求められているのかと言う事を、皆さんとご一緒に考えてみたいと思います。 私が八幡で牧師をしていた時、ある姉妹のお兄さんが独身で会社を定年退職されて、おひとりで生活されておられました。何度か、その方をお訪ねして、お話しした事がありました。その方は、お体を患われ、ヘルパーさんの介護を受けながら生活されておられましたが、その方は「私は、今、このように病気をしているのは、罰が当たったのではないか」と思うと話しておられました。私は、その方に、神様は決して罰を当てるような方ではありません。罰を当てるような神様だったら、自分の愛してやまない独り子であるイエス様をこの世に遣わす事はありません。とお話ししたことがありました。 私達は自分に不幸な出来事が起こった時、つい口にする言葉は、『罰』が当たったという言葉では無いかと思います。不幸な出来事がおこった時、その不幸をどのようにとらえるかという事は大変、重要なことであろうと思います。 人は誰でも幸福を求め、幸せになりたいと思います。幸福感は人によって異なるとおもいますが、今朝のテキスト箇所には、アテネにおけるパウロの伝道の様子が記されていますが、アテネの人々もエピクロス派の人々とストア派の人々も人生の目的は幸福を求めることであり、そのプロセスは異なりますし、互いに導き出した結論はエピクロス派の人々とストア派の人々の哲学は合い対するものとなっていますが、どうすれば幸福な生活を得ることが出来るかを教えるものでした。 人が幸福になりたいという欲求は、人間である以上、誰しもあるものではないでしょうか。 |
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2009年10月11日 聖日礼拝説教
使徒の働き15章1節〜11節 説教題:主イエスの名の為に おはようございます。折角の連休、どこかに出かけたいと思うのが、人の常かもしれませんが、主を覚え、主を礼拝する為に教会に集われた皆様方をどれほど、主がお喜びなられておられるでしょうか。「主を喜ぶ事はあなた方の力です。」ネヘミヤ記8章10節、 私たちの主を今朝も心から賛美し、心から喜びたいと思います。 今朝の聖書箇所は、キリスト教会にとって、最も大切な事が記されているといえます。アンテオケ教会に持ち込まれた問題について、パウロとバルナバはエルサレム教会に出向き、使徒たちによって会議が開かれた事が記されています。 今日の教会においても、教会に問題がないかと言われるならば、問題のない教会はないというと嘘になると思います。家庭においても、何の問題もない、平和な家庭ばかりだというと、そんな理想的な家庭があるとは思えません。 今日の教会においても、問題は起こります。私達が使っている聖書には、信仰上の問題が多く記されているといっても良いと思います。初代教会において、問題が起こったからこそ、その事にどのように対処したかという事が手紙等において、書き送られ、それを、2000年近くたった、今日の教会に生きる私たちが、その手紙や文章を読み、大きな知恵を戴いていると言えます。 コリント教会では賜物をめぐる問題が記されていますし、ピリピ教会においては二人の執事的立場にあった2人の女性の問題が記されています。今日の聖書箇所には、初代教会において、繰り広げられた「割礼をめぐる問題」が記されています。 この問題を、パウロとバルナバ並びに初代教会に属する人々はどのように対処したのかという事を、皆さんとご一緒に見て参りたいと思います。 |
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2009年10月4日 聖日礼拝説教
聖書箇所:使徒の働き14章8節から18節 説教題:『神の栄光』 おはようございます。10月の月を迎えました。過ぎ去りし9月の月は皆様方にとってどのような月でしたでしょうか。それぞれに、様々なことがあった事と思います。迎えました新しい月、皆様方にとって、教会にとって良い月でありますようにと願わされています。 今朝は、使徒の働き14章全体から、「神の栄光」と題して、使徒パウロとバルナバは人々達に何を伝え、どのような人々に接していたのかと言う事を皆さんとご一緒に見てまいりたいと思います。 パウロとバルナバの二人は、アンティオケア教会からユダヤ教を信じる人々ではなく、異邦人と呼ばれる人々に対して、キリスト教を伝える旅に出ました。パウロの伝道の旅は,3回ありますが、今日の聖書箇所は第一回目である第一次伝道旅行の後半の出来事になります。 先週の礼拝では、パウロはバルナバという聖霊と信仰に満ちた、立派な人と使徒の働き11章24節で紹介されている人物の出身地と思われるキプロス島において、イエス様こそ、私たち人類を救うために遣わされた方で、神様が約束されたお方であると言う事を宣べ伝えました。その宣教は決して楽な働きではなく、いたるところで、ユダヤ教を信じる人々によって迫害を受けました。 |