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聖書箇所:第二列王記5章1節〜5節、5章9節〜19節
説教題:「神様が喜ばれるささげもの」 おはようございます。今朝は、第二列王記5章からアラムの国の軍隊の将軍でもあったナアマンの病気の癒しの御業がなされた出来事を通して、「神様が喜ばれるささげものとは、どのようなものか」という事を皆様方とご一緒に考えてみたいと思います。 ナアマン将軍のお話といえば、大変、有名な箇所の一つですから、ここに集われておられる皆様方は、このお話はすでに充分、熟知されておられる事と思います。 らい病という、重い皮膚の病気を抱えたナアマン将軍が、預言者のエリシャ先生に命じられた通り、ヨルダン川に七たび、身を浸すと、重い皮膚病であった体が全く癒されたというお話です。 ナアマン将軍はイスラエルの北に位置するアラムという国の軍の司令官でした。ナアマンは軍の指揮官として優秀な人物でアラムの国の王様からの信頼を受けていた人物であったようです。しかし、そんな彼には、一つの大きな問題を抱えていました。それは5章1節にしるされているように「らい病」であったという事です。 |
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聖書箇所:ヨハネによる福音書2章1節から11節
説教題:「イエス様が与える喜び」 おはようございます。今日は召天者記念礼拝です。神様によって与えられたこの世での生涯を終え、神様の元へと旅立たれた信仰の諸先輩方の事を覚えて1年に1度、召天者記念礼拝の時を持つという事は大切な時であろうと思います。今回、様々な事情で召天者記念礼拝に出席出来ない方々もおられますが、ご遺族の方々一同、お孫さんに至るまで、是非とも礼拝に誘って戴き、日頃、教会との係わりがない方々が、この機会を通して主なる神様の御言葉を聞き、主の素晴らしさを知る機会となる事をと願わされています。 |
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聖書箇所:使徒言行録1章3節から11節
説教題:「神様の約束としての聖霊」 おはようございます。日本を代表する大伝道者の一人として本田弘慈先生のお名前が上がると思います我、本田先生がお書きになられた「日々のキリスト」というデボーション用の本があります。その本の中に次のような事が記されていました。 サムエル記上、12章23節の 12:23 私もまた、あなたがたのために祈るのをやめて主に罪を犯すことなど、とてもできない。 という御言葉から、次のように書いておられます。 「祈りの力」という本を書かれたバウンズ博士は、祈祷がどれほどクリスチャンにとって、また、教会にとって必要なものであるか力説しています。また彼は次のようにも語っています。「説教がなくてもリバイバルが起きた事はありますが、祈祷なくしてリバイバルの起きた事はありません。」祈祷は神と交わりと共に、神様の御手を動かす武器です。祈祷がどのように大切であり、必要であるかを語っても、決して語りすぎる事はありません。旧約の預言者サムエルは祈らない事は罪であるとさえ言っているのです。神様は私達の祈りを待っておられます。祈りに答え、私達を通してご自身の御業を進めようとしておられるのです。」と書いておられます。 |
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聖書箇所:マタイによる福音書20章1節から16節 説教題:「神の恵みによる報酬」 今朝は、マタイによる福普書20章1節から16節にかけて神の恵みによる報酬と題して、このところから私が受けました神様からの恵みを分かちあう事が出来たらと願わされています。さて、20章1節に目を向けて頂きたいと思います 20:1 天の御国は、自分のぶどう園で働く労務者を雇いに朝早く出かけた主人のようなものです。」 というように、ぶどう園の労働者のたとえをもって天の御国、すなわち天国の事が語られています。このたとえをイエス様がお講されました背景はマタイによる福音書19章16節から続いているといえます。19章16節を見ますと、一人の青年がイエス様の元に来て、 19:16 「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをしたらよいのでしょうか。」 と質問すると、イエス様は17節で次の様に答えておられます。 |
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