プロテスタント・福音主義キリスト教会 日本ナザレン教団 阿倍野教会 礼拝メッセージ
2008年10月26日 聖日礼拝説教
                2008年10月26日 聖日礼拝説教
             聖書箇所:ピリピ人への手紙1章1節〜11節
                  説教題:キリスト・イエスの日
 おはようございます。今朝は、「喜びの書簡」といわれていますように、「喜んでいます。」「喜びます。」「喜び」といった言葉が短い手紙の中で16回も使われているピリピ人への手紙からご一緒に見てまいりたいと思っています。
 使徒パウロが、このピリピ人への手紙をどこで、いつ書き記るしたのかということについては、エペソが書いたという説やカイザリア書かれたという説やローマでという説があります。
 1章7節からパウロが監禁されている状況の中から、ピリピ教会の人々に対して書き送ったと言うことが判ります。監禁されている状況の中ということから考えると、この手紙が書かれたのは、紀元61年頃、今から1947年ほど前にローマで書いたであろうという説が有力です。
 私たちが、パウロと同じように監禁状況に置かれたと考えると、私たちはどの様な心境で過ごすことが出来るでしょうか。この手紙がローマの軍隊によって監禁されている中で書かれた手紙であるという認識を持って、この手紙の内容を読み進めていくならば、手紙を書いたパウロの心境に少しでも近づくことが出来るのはないでしょうか。
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【2008/10/31 11:36】 | メッセージ | page top↑
2008年10月19日 聖日礼拝説教
                  2008年10月19日 聖日礼拝
             聖書箇所:ローマ人への手紙16章1節から16節
                  説教題:「神の国の同労者」
おはようございます。今日までローマ書を通して神様から私達に対する語りかけを聞いて参りました。今日を持ってローマ書を終えることになります。
今日の聖書箇所にはたくさんの人の名前が記されています。私達は自分と関係の深い方々の名前であったり、自分が知っている人の名前ならば、あの人は、この人はと言ったお話になろうと思います。しかし、名前が記してあっても、いったいどの様な人なのかという事が分らなければ、退屈に思えるかもしれません。

 内村鑑三先生は今日の聖書の箇所について
『不注意にこれを読むときは、あたかも砂漠を旅するがごとく感ずるであろう。しかしながら、砂漠は決して無価値なものではない。その中にわずかにあるところの草花、昆虫のたぐいは、博物学者にとっては、無限の興趣を担うものである。』と本に書いておられます。砂漠にいる昆虫や草花がどのように生存しているのかと言った事等に興味を持ってみるならば、私達にとって、学ぶべき所があるという事です。
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【2008/10/19 13:56】 | メッセージ | page top↑
2008年10月12日聖日礼拝説教
             2008年10月12日 聖日礼拝説教
            ローマの人への手紙15章1節〜13節
               説教題:『希望の源なる神』

 おはようございます。今朝の聖書箇所であるローマ人への手紙15章には使徒パウロが信じ仕えていた神様とはどの様な神様なのかという事が記されています。
 パウロがローマの人々に書き送ったこの手紙の中で、パウロは自分が仕えていた神様について、3つの角度から取り上げて語っています。パウロが信じ仕えていた神様とは5節に記されている「忍耐と励ましの神」であり、13節の『望みの神』であり、33節の「平和の神」です。
使徒パウロが信じ仕えた神は私達が信じている神様でもあり、約2000年という時を経た今日でも変る事のないお方として私達に接してくださっているお方でもあります。パウロがローマの人々に書き送った「忍耐と励ましの神」、『望みの神』、「平和の神」について、御一緒に見てまいりたいと思います。
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【2008/10/13 02:10】 | メッセージ | page top↑
2008年10月5日 聖日礼拝説教
                   2008年10月5日 聖日礼拝説教
              聖書箇所:ローマの人への手紙14章13節〜23節
                  説教題:「神の国を生きる」
 おはようございます。今朝は『神の国を生きる』と言う説教題で「神の国」とはどの様なところなのか。また神の国に生きる者たちは、どの様な思いを持って生きる事が求められているのかという事を皆様方と御一緒に考えて見たいと思います。
ローマ教会において信徒の間に論争があったと考えられます。いったいどのような問題であったのかというと、パウロは14章3節と5節においてその問題について取り上げています。14章3節と5節を見て戴いたいと思います。
14:3 食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。
と記されており、5節には
14:5 ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。
というように3節と5節からわかる事は、食べ物の事と、特定の日について教会内での争いが起こり、その事についてパウロは裁いてはいけませんと勧めています。
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【2008/10/05 22:16】 | メッセージ | page top↑
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