私たちが、現在、使用している新改訳聖書第二版には、「らい病」と訳されていますが、新しく翻訳された新改訳聖書第3版には「ツァラアト」と訳し直されています。また新共同訳聖書では「重い皮膚病」と訳されています。新改訳聖書第二版や口語訳聖書において記されている「らい病」は現代の私たちが考える「らい病」と言われるハンセン氏病とは異なっているといわれています。その事もあって、聖書において「らい病」と訳す事について、差別用語、若しくは不快語という事もあり、新しく翻訳された聖書においては使われなくなっています。その事をご理解いただきながら、今日の聖書箇所に使われている「らい病」という言葉を「重い皮膚病」という言葉に言い換えながらお話させて戴きたいと思っていますのでご理解いただきたいと思います。
では重い皮膚病が一体どのようのものであったのかという事が、はっきりしませんが、ユダヤの国の人々にとっては、重い皮膚病を患った者たちは、祭司に判断を仰ぎ、重い皮膚病であると判断された場合、一人、宿営地を離れ、外で過ごすという決まりになっていたという事がレビ記13章に記されています。しかし、アラムの国には、ユダヤの国の様な決まりはなかったようで、ナアマン将軍は一人隔離されて住むという事はなかったようです。重い皮膚病を患っていたナアマン将軍でしたが、彼は自分の病気について、何とか、この病気が癒されないだろうかといった思いでいっぱいだったのではないでしょうか。きっとナアマン将軍は自分の病気が癒される事を願い、あらゆる試みをなしたのではないかと思います。
病気を抱えている者たちにとって、自分の病気が何とか良くならないだろうという思いは誰しもあると思います。私の妻は、下の子供である光輝が生まれて4カ月過ぎたころ、風邪をひくとゼーゼーという呼吸をし始め、お医者さんに診てもらい喘息様気管支炎と診断されると、図書館に出かけて行き、喘息に関する本を何冊も借りてきて読み、あの治療方法がいいのではないか。この治療方法がいいのではないかと必死に治療方法を探りました。そして民間療法で金額的に高いのですが、子供は母乳で育てる事が一番であると提唱している人を紹介され、そこにも伺った事などもありました。子供の病気の治療法を巡っては、夫婦間で議論もし、喧嘩になるような事もありました。下の子供は、今も尚、時に喘息の発作が起こる事がありますが、今は微量の粉のステロイドを吸入し、発作を起こさないといった治療方法を取っています。私自身は、ステロイドという薬に対して、副作用があるのではと心配しているのですが、お医者さん達は、わずかなステロイドを吸入しても副作用は起こらない。むしろ、発作をおこないようにする事の方が重要だという説明を受けています。病気を抱える人たちにとっては、何としても直したいというのが本心でしょう。ナアマンも同じ思いだったのではないでしょうか。
そんな時、ナアマン将軍の家には以前、イスラエルとの戦いで捕虜として連れてきていた一人の若い娘がいました。彼女はナアマンの妻に仕えていましたが、ご主人様であるナアマンが重い皮膚病を患っていると知り、女主人に対して「もし、ご主人さまがサマリヤにいる預言者のところに行かれたら、きっと、あの方がご主人さまのらい病を直してくださるでしょうに。」と進言すると、ナアマンは捕虜として連れてきた若い娘の進言を聞き入れています。この事は日頃から仕えていた少女がご主人たちから信頼を受けていたという事ではないでしょうか。この事を考えると、たとえ、どのような境遇に置かれていたとしても、人を信仰に導く事が出来る人というのは何と素晴らしい事ではないかと思います。以前、お世話ななった事のある岡山教会に90歳を超えても、大好きな岡山を離れたくないといって一人で生活されておられた方がおられました。もう一人暮らしは無理だからと息子さんや娘さん達が行っても、中々、ウンと返事されない方だったようです。私自身も岡山にいた時には、ご夫妻から良くして戴いた方で、信長さんという方ですが、ご主人が召されてからも一人でがんばり、ヘルパーさんの手を借りながら生活されながら、ヘルパーさんは信長姉妹のお姿に接して、信仰に導かれたというお話を伺った事があります。私たちは、今の環境が悪いから、今の状況が悪いからと言って、伝道出来ない事の言い訳をしやすいものですが、しかし、どこにいても、どのような状況であっても伝道する事が出来るのではないかという事を90歳を超えた信長姉妹から教えられました。お世話される人がお世話をする人に、イエス様の素晴らしさを伝えたという事を是非、皆さん方に知って戴きたいと思います。
召し使いであった若い娘の進言を受けたナアマン将軍はアラムの王様に、サマリアにいる預言者の元に行けば、自分が患っている重い皮膚病を癒してもらえるでしょうという事を告げると、「行って来なさい。私がイスラエルの王に宛てて手紙を送ろう」と許可だけではなく、むしろ快く送り出してくれる事になりました。許しを戴いたナアマンは、銀10タラントと金6000シェケルと晴れ着10着とを携えて旅立ちました。イスラエルの地についたナアマンはイスラエルの王の元に出向き、アラム王からの手紙を差し出すと、イスラエルとアラムとは敵対関係にあった事もあり、言いがかりをつけて来たとしか受け取ることしかできませんでした。そうしてイスラエル王は来ていた服をひきさきました。イスラエルの王のそんな行動を耳にしたエリシャは、イスラエルの王に対してナアマン将軍を自分の元に差し向けるようにと使い者を遣わしました。
9節、ナアマン将軍は数頭の馬と共に戦車に乗ってエリシャの家に来て、その入口に立ちました。しかし、エリシャは直接出迎えようとはせず、使いの者を遣わし、「ヨルダン川へ行って七たびあなたの身を洗いなさい。そうすれば、あなたのからだが元どおりになってきよくなります。」と告げさせました。ナアマン将軍はその言葉を聞くと、11節、12節
5:11 しかしナアマンは怒って去り、そして言った。「何ということだ。私は彼がきっと出て来て、立ち、彼の神、主の名を呼んで、この患部の上で彼の手を動かし、このらい病を直してくれると思っていたのに。
5:12 ダマスコの川、アマナやパルパルは、イスラエルのすべての川にまさっているではないか。これらの川で洗って、私がきよくなれないのだろうか。」こうして、彼は怒って帰途についた。
と記されています。ナアマン将軍は自分の国で王様にも重んじられている軍の司令官だぞ、この私が、わざわざ来ているのに、エリシャが出迎えもせず、礼儀に欠けていたので、侮辱されたと受け取り、憤慨して帰ろうとしました。しかも何故、ヨルダン川なのか。ダマスコの川、アマナやパルパルはイスラエルの川よりも、優っているではないか。と自分の考え方を述べました。しかし、エリシャはヨルダン川で7度、身を洗いなさい。そうすれば、あなたの体はもと通りになってきよくなります。と告げました。
他の人が、どんなに良いアドバイスしても、自分の考えた方を考え直そうともせず、むしろ、自分の考え方を押しとうそうとする人がいます。私自身も自分の心の内を見ると、ナアマンではありませんが、そのような頑な処が見受けられます。しかし、ここでは神の人と呼ばれる預言者エリシャ先生から語られた言葉です。神に人の言葉に対して、どのような態度を取るかという事が問われます。
エリシャ先生の告げられた言葉にたいして、ナアマンは憤慨しながら、その場を跡にしようとすると、ナアマンと共に来た彼のしもべ達は「わが父よ。あの預言者が、もしも、むずかしいことをあなたに命じたとしたら、あなたはきっとそれをなさったのではありませんか。ただ、彼はあなたに『身を洗って、きよくなりなさい。』と言っただけではありませんか。と語りました。
ナアマン将軍は家来たちの言葉に対して、思い直し、神の人が告げた言葉どうりに、ヨルダン川に降りて行き、神の人が語った通りに、ヨルダン川に7度、身を浸すと、嘘のようにナアマン将軍の体は元に戻り、幼子の体のようになり、清くなると癒しの御業がなされました。
この出来事は私たちに対して、主を受けいれる事であり、何か修行を積んで何かを得るようなものではなく、神様のお言葉に対して、条件付けず従う時、そこに主の御業があらわされるという事ではないでしょうか。ナアマン将軍に対して、しもべ達が進言してくれた言葉に対して、そこ事を聞き入れず、アラムに戻って行ったら、重い皮膚病は癒される事はなかったでありましょう。
神様が私たちに一番求められているものは一体、何でしょうか。
詩篇51篇16節、17節には
51:16 たとい私がささげても、まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。
51:17 神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。
と記されています。神様は私たちが、どのような高価な物をささげたとしても、お喜びになられる方ではありません。神様がもっとお喜びになられるささげものは、私たち自身であり、私たちが主を、求める心であるといえます。
ナアマンの心にある自負心、自尊心、プライド、それが、彼の体の一部にあらわされた、重い皮膚病として現れていたといえます。その事を砕く必要があったといえます。そのプライドが砕かれた時、いやしの御業があらわされたといえます。
ナアマン将軍は7度ヨルダン川に身を浸しましたが、ムーディ−先生は、その事について次のように述べています。
ナアマンが一度目に身をヨルダン川に浸した時、怒りがきよめられ、
ナアマンが2度目、ヨルダン川に身を浸した時、高慢の罪が清められ
3度目には不信仰が、4度目には自負心、または自慢する心が清められ
5度目には虚栄伸が 6度目には尊大な念が洗い流され、7度目には重い皮膚病が癒されたと語ったといわれています。7という数字は完全数ですが、徹底的に従ったという事を表しているといえます。自分の思いではなく、神様に徹底的に従う時、神様の御業があらわされたといえるでしょう。重い皮膚病が癒されたナアマンは15節に記されていますように
5:15 そこで、彼はその一行の者を全部連れて神の人のところに引き返し、彼の前に来て、立って言った。「私は今、イスラエルのほか、世界のどこにも神はおられないことを知りました。それで、どうか今、あなたのしもべからの贈り物を受け取ってください。」
と申し出ています。それに対してエリシャは16節で
5:16 神の人は言った。「私が仕えている主は生きておられる。私は決して受け取りません。」それでも、ナアマンは、受け取らせようとしきりに彼に勧めたが、彼は断わった。
とありますようにナアマン将軍からの贈り物を受け取る事を拒否しました。受け取る事を拒まれたナアマンは2頭のラバに乗せるだけの土をもらい受け、今後、主以外の他の神々に対して礼拝しないとエリシャ先生に申しでました。ただし、主君がリモンの神殿で拝む時には介添えをしなければならない立場の故、その時は赦して下さるようにと言うと、その事に対して「安心していきなさい」とエリシャは告げました。
その後、エリシャの弟子だったゲハジはナアマン将軍が携え待ってきた金や銀や着物を、そのまま持って帰った事について、主人が貰わずに去らせたのならば、自分が行ってもらってこようと企て、ナアマン将軍に嘘を言って銀2タラントと晴れ着2着を手にしました。そして、ナアマン将軍からもらった品を自分の家にしまい込み、誰にもわからないと考えていましたが、エリシャ先生の目をごまかす事ができませんでした。ゲハジはエリシャ先生に「あなたはどこに行っていましたか」と聞きましたが、ゲハジは「僕はどこにも行っていません。」と答えました。ゲハジは神に人エリシャ先生のすぐそばにいながら、気持ちは遠くに離れていた存在であったといえます。ゲハジは神様を侮った人物の一人であろうと思います。私たちは人の目は隠しおおせても、神に目はどのような罪も隠しおおせない事を言い表しているといえます。
5:26 エリシャは彼に言った。「あの人があなたを迎えに戦車から降りて来たとき、私の心もあなたといっしょに行っていたではないか。今は銀を受け、着物を受け、オリーブ畑やぶどう畑、羊や牛、男女の奴隷を受ける時だろうか。
と指摘され
5:27 ナアマンのらい病は、いつまでもあなたとあなたの子孫とにまといつく。」彼は、エリシャの前から、らい病にかかって雪のように白くなって、出て来た。
というように悲惨な最期を迎えたといえます。私たちは神様の前で一体どのような思いで過ごしているでしょうか。
重い皮膚病は、旧約では罪の現れとされています。私たちが神様の前に謙遜に願い求める時、ナアマンが重い皮膚病が癒されたように、たとえどのような罪を犯したとしてもイエス様の血、すべての罪から私たちを清めてくださいます。ゲハジは、あなたはどこに行っていたのかとエリシャ先生から問われ、折角、悔い改めるチャンスが与えられていたのにもかかわらず、神様を侮ったならば、恵みの世界から立ち去っていかなければならなくなってしまいます。私たちは主の前にもう一度、へりくだって祈り求める者でありたいと思います。
神が最も喜ばれる事、それは「悔いし、砕けし魂である」ということ。神様のお言葉に対して徹底的に従う事ではないでしょうか。
お祈り致します。